今回は、2000年(平成12年)に発行された二千円札の人物についてご紹介を致します。
この二千円札は、2000年(平成12年)に開催された沖縄サミットに合わせて発行されました。
それゆえに沖縄とは縁が深く、沖縄を代表する首里城の守礼門が二千円札の表面右側に描かれています。
残念なことに首里城は、2019年10月31日に出火し正殿など3棟が全焼してしまいました。
沖縄に店舗を構える6つの金融機関は、ATMや窓口で2千円札を引き出すことで県内で流通が増えた分に応じて首里城再建の寄付に充ています。
そんな沖縄に縁がある二千円札の図柄ですが、守礼門以外に裏面には、3人の人物が描かれています。
そこでその人物3人に注目し詳しくご説明をしたいと思います。
二千円札裏面にはご覧のとおり3人の人物が描かれています。
一番右側が紫式部(むらさきしきぶ)、中央の人物が光源氏(ひかるげんじ)、そして一番左側が冷泉帝(または冷泉院(れいぜんいん))です。
紫式部は多くの方がご存知のとおり平安時代に活躍した歌人であり作家です。「源氏物語」の作者と言えばピンときますよね。
正確な誕生日は分かっていないものの天禄元年(970年)から天元元年(978年)ではないかと言われています。また、「紫式部」という名は本名ではありません。
というのも当時の風習として、君主や家族、恋人以外に本名を明かすということはなかったそうです。
ただ、父親が藤原為時(ふじわらのためとき)というのが分かっていますので本名が藤原というのは確かです。
父、藤原為時は、花山天皇や一条天皇につかえた貴族で、歌人や漢詩人でもあったため紫式部に影響を与えたとも言われています。
紫式部は20代後半に藤原宣孝(ふじわらののぶたか)と結婚し、一女をもうけますが3年ほどで死別していまします。
その後、一条天皇の皇后に宮仕えをした際に「源氏物語」を完成させたと言われています。
そして2人目の光源氏(ひかるげんじ)は、「源氏物語」の主人公で平安時代の公卿(くぎょう)です。二千円札3人の真ん中に居る人物です。
この公卿(くぎょう)とは、あまり聞きなれない言葉ですが、太政官の最高幹部として国政を担う職位です。つまり現在でいう内閣や国務大臣ってところでしょうか。
3人目が冷泉帝(れいぜんてい)です。
冷泉帝(または冷泉院(れいぜんいん))とは、こちらも源氏物語に出てくる人物で、桐壺帝の第十皇子ということになっていますが、実は光源氏と藤壺中宮の不義の子で、11歳で即位、譲位するまで18年もの間、世を治めたとされています。
二千札裏面にある詩は、源氏物語絵巻第38帖(じょう)「鈴虫」の詩書(ことばがき)です。
その詩書のほんの一部だけが二千円札に書かれています。
すゞむし
十五夜のゆふ
に宮おはしてはし
たまひつゝ念殊
あまきみたち二
つるとてならすあ
のけはひなとき
いとなみにいそき
るにれいのわ
いとしけく
しかし、これだけだと詩の内容が分からないので、こちらにもう少し詩を足しましたので口語訳と一緒にご覧ください♪
十五夜のゆふくれに仏のおまへ
に宮おはしてはしちかくなかめ
たまひつゝ念珠そたまふわかき
あまきみたち二三人はなたてま
つるとてならすあかつきのおとみつ
のけはひなときこゆさまかはりたる
いとなみにいそきあへるいとあはれな
るにれいのわたりたまいてむしのね
いとしけくみたるるゆふへかなと
八月十五夜の夕暮れに,仏の前に女三の宮(おんなさんのみや)がいらっしゃって,そとに近い廂(ひさし)の間から,お庭のどこを御覧になるともなく,お眺めになりながら,お心には仏を念じられ,お口には経文をお唱えになっていた。若い尼君たちが,二三人,仏に花を差し上げようということで,閼伽坏(あかつき)という器を鳴らす音や,その器に水を入れる音などが聞こえてくる。世俗にいたころとは様子が違う仕事にお互い急いでいるのを思うと,強く胸を打つものがあるのだが,そこへ,いつものように六条院,すなわち源氏の君がお越しになって,「虫の音がひどく鳴き乱れる夕べですねえ」と
※上記口語訳は、https://kotobaken.jp/mado/06/06-09/ より引用をさせて頂いております。
上に出てくる女三の宮とは、源氏物語に出てくる人物で、光源氏の姪で朱雀院の第三皇女、不義の子 薫 を産みやがて出家します。